【体験談】髄芽腫・小児がんの放射線治療の流れ|鎮静・絶飲食と怖がらせない工夫(2歳・全28回)

・小児がんの放射線治療って、実際どんな流れで進むんだろう?

・小さな子どもは、動かずに治療を受けられるの?

・食事も水分も止める日が続くと、小さな子どもはどうなるの?怖がるときはどうしたらいい?

・毎日の治療を、親子でどう乗り越えたらいいんだろう?

前回は、大量化学療法と自家骨髄移植の記録をまとめました。今回は、2月から4月にかけて行った放射線治療、全28回の記録です。

この記事を読むと、2歳の子どもが放射線治療を受けるときの毎日の流れと、鎮静や絶飲食といった大変だったこと、そして子どもを怖がらせず、親子で続けるための工夫が分かります。これから放射線治療を迎えるご家族の、心の準備の一助になれば嬉しいです。

うちの娘は髄芽腫という小児がんです。髄芽腫ならではの話には、見出しに【髄芽腫の場合】と付けています。それ以外は、小児がんの放射線治療で共通しやすい話です。

結論
  • 髄芽腫の我が家は、臨床試験の中で治療方法が直前に変わり、セカンドオピニオンも聞きに行った
  • 小さな子どもは治療中にじっとしていられないため、毎日鎮静剤を使って治療を受けた
  • 鎮静のために昼から飲まず食わず。これを毎日続けることが一番大変だった
  • 昼からの絶飲食の間は、絵本や動画で気を紛らわせて過ごした
  • 治療後のシール貼りを「ごほうび」にして、28回を乗り切った

【髄芽腫の場合】陽子線治療から放射線治療へ ― 直前の変更とセカンドオピニオン

結論から言うと、治療法は直前になって急遽変更になりました。セカンドオピニオンも聞きに行き、納得はしたものの、迷いや不安は残りました。

我が家は、前回までにも触れた「MB19」という臨床試験の流れで治療を進めていました。この試験では、従来の放射線治療に比べて被ばくが少なく、病巣に絞って治療ができる陽子線治療が推奨されており、私たちも陽子線治療を受ける準備を進めていました。

ところが、陽子線治療を行う寸前になって、治療方法に変更が出ることになり、急遽放射線治療に切り替わりました。1月末ごろにこの話が出て、2月5日には脳外科の先生から、6日には放射線科の先生から、それぞれ説明を受け、どちらも納得できる内容でした。それでも私としては、本当に大丈夫なのかと不安になりました。

とはいえ、直前の大きな方針転換です。そこで、セカンドオピニオンも兼ねて実際に陽子線治療を行っている大学病院の陽子線治療の先生に直接話を聞きに行くことにしました。電話で予約を取りお話を伺って、そこでも納得できる説明を聞けました。

それでも、不安が完全に消えたわけではなく、迷いは正直なところ残っていました。

ご注意

ここまでの内容は、あくまで我が家が受けた説明です。陽子線治療と従来の放射線治療のどちらが優れているかを述べるものではありません。治療法の選択は、必ず主治医とよく相談してください。

この頃は大量化学療法の影響もあっても完全つるつる状態

放射線室に慣れる練習と、治療開始前の発熱

放射線治療が始まる前日、妻と一緒に放射線室に入る機会がありました。娘は初めての部屋が怖くて、妻にしがみついたままの「コアラ状態」。大人が見ても放射線治療の機器はゴツくて大きく、娘が怖がるのも無理はないと思いました。翌日、私と一緒に入ると、今度は少しずつ触れられるようになりました。

一旦退院してしばらく自宅で過ごした後、外来を受診するとその場で40度の発熱が見つかりそのまま緊急入院になりました。発熱のため治療の延期も心配されましたが、2月26日、予定通り放射線治療がスタートしました。

放射線治療室イメージ図

治療1回の流れ ― 昼から絶飲食、夕方に治療

結論から言うと、治療のある日は、朝ご飯のあとから夕方の治療まで、娘にとって長い一日でした。

放射線治療は、決まった位置でじっとしている必要があります。当時2歳の娘は、放射線治療の最中に動いてしまう可能性があるため、毎日、鎮静剤で眠らせてから治療を始めていました。

治療が始まるのは、毎日夕方と決まっていました。朝ご飯は食べられますが、昼からは食事も水分も止めないと、鎮静剤を使うことができませんでした。

我が家の1回の流れは、次の通りです。

  1. 朝ご飯は食べられるが、昼から絶飲食になる
  2. 夕方ごろ病室から、子ども用のストレッチャーに乗せてもらって、放射線治療室まで運んでもらう
  3. その場で鎮静剤を使って眠らせ、放射線治療を開始する
  4. 治療は体感で5分ほどで終わる
  5. 親は放射線治療の先生から、その日の治療方法の説明を聞く
  6. 眠ったままの娘を再びストレッチャーに乗せて、病室へ戻る

病室に戻ってしばらくすると、娘は目を覚まして、大好きなにんじんジュースやパンを食べていました。

ご注意

鎮静の方法や薬、流れ、時間帯は、病院や子どもの年齢によって異なります。あくまで我が家の場合の記録としてご覧ください。

毎日の鎮静と絶飲食 ― 一番大変だったこと

前のセクションで書いた通り治療のある日は昼から絶飲食で、鎮静をかけて治療を受けます。ここからは、その毎日がどれだけ大変だったかを書きます。

初日の2月26日は、前のセクションに書いた通り、眠るまでにかかりました。2日目の27日は、昼から飲まず食わずのまま、ウトウトしながら夕方の治療まで耐えました。3日目の28日は多めの鎮静剤を使い、治療後は少しふらつきましたが、ご飯を食べられて元気でした。

そのあとも、治療の日は毎日これが続きます。鎮静と治療の疲れもあって、娘は疲れやすく、早く寝てしまうことが多くなりました。3月5日は疲れのせいか、すぐに眠っていました。3月6日には夕方まで起きていられるようになるなど、少しずつ慣れていく様子もありました。それでも、13日には治療に呼ばれる1時間前に寝てしまうハプニングがあり、24日には鎮静剤が効かず、強めの薬を使って寝かせたために夜10時半まで寝付けない日もありました。

毎日、食べたい盛りの子どもに我慢をさせて、眠らせて、治療を受けさせる。これが28回続いたことが、放射線治療の期間中で一番大変なことでした。

昼から夕方までの、食事も水分も取れない時間は、絵本や動画で気を紛らわせて過ごしていました。

シール貼りがごほうびに ― 28回を乗り切る工夫

毎日の治療を続けるために、我が家で支えになったのが「シール貼り」でした。治療を終えるたびに、頑張った印としてシールを貼ります。初日の2月26日、1回目を無事に終えてもらったシールを、娘は嬉しそうに貼っていました。

3月には、病棟でもらったアフラックダックのぬいぐるみに「ダック君」と名前をつけて可愛がるようになり、治療の日も一緒に病院へ向かうようになりました。こうした小さなごほうびや、そばにいてくれるものがあるだけで、娘の気持ちは大きく変わった気がします。

アフラックダックのダック君

週末の外泊と、病棟でのつながり

放射線治療は土日がお休みです。そこで、体調が良い週末には外泊をして、家で過ごしました。昼ご飯に目玉焼きを一緒に作って公園で滑り台だけで1時間も遊び尽くす日もあれば発熱があった週は外泊できない日もありました。

病棟でも、人とのつながりに支えられました。遅くまで娘のそばにいた私に、同じ病棟の患者さんが「パパさん、遅くまで頑張って偉い。娘さんにも好かれているんだね」と声をかけてくれました。その声をかけてくれた患者さんには子どもはいないけれど、子どもの笑顔が好きだから、娘がいることで入院生活が救われているとも言ってくれました。

最終日、28回目

そして4月7日、28日目。放射線治療は無事に最終日を迎えました。会社の後輩に退院の話をすると、涙を流して喜んでくれたのも、この治療の終わりが近づいた頃です。治療が終わってようやく退院が見えてきた実感が親ながら湧いてきました。

シール貼りが終わって記念撮影

まとめ

放射線治療の28回は、毎日の鎮静と絶飲食という、親子にとって大きな負担のかかる日々でした。これから放射線治療を迎えるご家族に、我が家で支えになったことを残しておきます。

  • 治療の前に放射線室に入る機会があったことで、娘は怖がりながらも、少しずつ機械に触れられるようになった
  • 昼から夕方までの絶飲食の間は、絵本や動画で気を紛らわせて過ごした
  • 治療のたびに機械にあいさつをして、終わったらシールを貼る。それを「ごほうび」にした
  • 治療のない週末は、体調が良ければ外泊して、家で過ごす時間をつくった
  • 病棟の患者さんや看護師さんとの会話に、親の私も支えられた

髄芽腫のご家族には、もう一つ。我が家は臨床試験の中で治療方法が直前に変わり、とても不安になりました。それでもセカンドオピニオンを聞きに行ったことで、納得して治療に進むことができました。治療の方針は、必ず主治医とよく相談してください。

次回は、いよいよ退院、そして日常に戻っていく記録をまとめます。

このブログでは婿生活のリアルや、生活改善に繋がる記事を発信予定なので参考にして頂けたら嬉しいです。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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